■ ツマコン浅野
2007年04月15日(日)
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浅野史郎候補は石原慎太郎の対抗馬として公示前、鳴り物入りでメディアに取り上げられたが公示後は悪法の公職選挙法に阻まれ失速してしまった。結果は惨敗である。 私は浅野氏の担ぎ出しにほんの少しだけかかわったが都庁で行われた出馬表明の記者会見を現場でつぶさに見て、この男では勝てない、と思った。一夜漬けで書き上げたというマニフェストを淡々と語るその姿はどうひいき目に見ても迫力とか情熱を感じさせなかった。シロート集団の寄せ集めとなった浅野陣営は資金と人材が不足。石原ブランドに太刀打ちできるイメージを構築出来なかったのは当然だ。今になってわかったことだが浅野氏は落選後、慶応大教授の椅子に戻ることを約束されていたふしがある。さすがエリート官僚出身だけのことはある。背水の陣なのだ。彼に一票入れた百数十万の都民なら落選後、少なくとも半年は“謹慎”すべきではないかと思うはず。しかし浅野氏には通用しない話なのだろう。 浅野氏は朝日新聞(4月14日)社会面の「もっと知りたい」で敗因について語っている。石原都政に不満な都民が少なかったことを上げているのはまあ良いとして次のコメントはちょいと看過することはできない。 「妻は選挙前から『悲鳴をあげているのはごく一部の人たちでしょ』と言っていた。勝算有りと信じた私や参謀は、反対した妻や娘に負けた」。 浅野氏さん、ほんとうに勝算ありと信じたんですか?宮城県で3連勝した実績を過信しすぎたのではないですか?それから競馬の予想屋じゃあるまいし、妻や娘に負けた、とはどういう意味ですか。内輪で勝ち負けを予想してその結果を競って何の意味があるんかい! 私はつい最近、勝手連として浅野氏を支援した女性(Sさん)から衝撃的な話を聞いた。錦糸町駅前で演説する際、雨が降り出したので時間を早めて話し始めさっさと次の場所に移動してしまったという。聴衆はまばらな上に勝手連たちのあわてぶりはかなりなものだった。ところがボランティアたちに浅野氏だけではなく妻も「ありがとう」の一言が最後までなかったそうだ。あげくのはてに浅野氏は勝手連にそそのかされ出馬してしまった、といったような聞き捨てならない発言をしていたらしい。ボランティアたちのしらけムードは選挙期間中にピークに達した。浅野氏を支援した著名な社会学者であり東大大学院教授の上野千鶴子氏が落選直後にボランティアに向かって「私費を投じた浅野さんを助けるために皆さん、寄付してください」と呼びかけたがもはや人徳を失った観のある浅野氏を助けようとする人は少なかった(前述のSさん)という。 「もう一度、選挙に挑戦する可能性は」という朝日のインタビューに浅野氏は「うちの賢い妻が許さない。『あんた1回で懲りないの』と。離婚の勧めというなら別ですよ」と話す。彼一流のユーモアなんだろうが何かと妻を持ち出すところはマザコンならぬ“ツマコン”だ。聞く方は耐えられませんよ、浅野さん! ところで週刊金曜日(4月13日号)が「何が石原氏を勝たせたのか」という特集(落合恵子・筑紫哲也の対談、佐高信の司会)を組んでいる。浅野候補の支援を表明した香山リカ氏や佐高氏を拒否した浅野氏(前述のSさん)の敗因を徹底的に分析したほうがタメになると思うがいかがですか、佐高さん!
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