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土砂災害中にゴルフ三昧の安倍首相2014.8.26
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 安倍首相は、集団的自衛権行使容認の閣議決定にあたっての7月1日の記者会見で、「いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜いて行く」と明言していた。どうやら、これは「安倍個人的自衛権」と言うべきではないのか。

 周知のとおり、安倍首相は20日、広島市の土砂災害の第一報を受けながらゴルフを始め、約1時間プレーを続けた。
 
 「北海道新聞」は「安倍首相のゴルフに批判 広島土砂災害、報告後にプレー」という記事の中で次のように報道している。
 
<広島市内では未明に豪雨による土砂崩れが相次ぎ、政府には午前6時ごろ「行方不明者が多数。子供2人も生き埋めとなり、うち1人が心肺停止状態」との情報 が入った。これを受け、首相は滞在先の山梨県の別荘から6時半に被害状況の把握などを関係省庁に指示。一方で、7時20分すぎに別荘を出て、8時ごろから 森喜朗元首相や茂木敏充経済産業相らとゴルフを開始。9時前に切り上げ、官邸に向かった。>

早朝8時から、なんと例の森元首相とだ。

“例の”とは今から13年前、2001年2月9日(日本時間10日)に起きたハワイ沖の水難事故の際の森氏の対応のことだ。衝突事故の際、 当時首相だった森氏が一報を伝えられた後もプレーを続け、批判を浴びた。

米国ハワイ・オアフ島の南沖合で、実習中だった愛媛県立宇和島水産高校の「えひめ丸」が、米原潜「グリーンビル」に衝突され沈没。生徒と教員、船員の計9人が死亡した。原潜が民間人の体験搭乗中、デモンストレーションのため緊急浮上した際に起きた。ワドル艦長(当時)は戒告処分を受け、退役。米海軍などは、船体を浅瀬の海中まで引き揚げて8遺体を収容後、深海に沈めた。写真は米原潜「グリーンビル」。左舷艦橋下に傷跡のようなものが見える(2001年02月09日) 【AFP=時事】

 当時の首相・森喜朗は事故発生時に休暇を取りゴルフをプレーしていたが、事故の一報を聞いた後もそのままゴルフ場に留まったことが大きな問題となり、森喜朗は内閣総理大臣を辞任した。
衝突により日本人が多数海に投げ出されたことや、相手がアメリカ軍であることも判明していたが、森は第二報のあとの第三報が入るまで1時間半の間プレーを続け、これが危機管理意識上問題とされた。国会でも採り上げられ、詳細が議事録に残っている。えひめ丸事故の一報が入った時、ある関係者から直ぐにはその場を離れないように言われたのでゴルフ場で待機していたとのことだ。

当時の共産党不破議長の話
<このことが政府から知らされたら、「ただの事故じゃないか」といってゴルフを二時間もやり続けた。>
<あとで調べてみたら、「チョコレート」とかいう名前でお金のやりとりをしているかけゴルフだったそうであります。だからやめたくなかったのかもしれません。>

ゴルフにおいて金銭を賭けることを古来から「チョコレート」というスラング(隠語)で呼んでいる。

問題のゴルフはかけゴルフだったことが明らかになり
「かけゴルフなんかするはずないでしょう」と森首相は一旦は否定、しかし森事務所の発表した「いわゆる『チョコレート』程度のもの(少額の金額)をやりとりすることはある」とのコメントを記者に指摘され一転してかけゴルフは認めた。

さらに森氏はこう語った。
「ここはプライベートですよ」(ゴルフ場にて)「私自身が右往左往したら命令できないし、報告も受けられない」「これがどうして危機管理なのか。事故でしょ。私はリーダーシップをきちっと発揮したと思っている」「何でもかんでも悪いのは首相だというのは僕で最後にしてほしい」。

天皇、皇后両陛下が軽井沢での静養を広島の災害に配慮してキャンセルしているにもかかわらず安倍首相はゴルフを悠々と楽しんだ。

しかも、急きょ被災地の視察をする、としながら天候不順のため取りやめとなった。

政府関係者は 「捜索活動も中止している中で、首相が視察に出向くと、現場の混乱が懸念されるため」と説明している。

恐らく官邸筋はオスプレイに搭乗しての視察を予定していたのだろうが米軍からOKが出なかったのではないか。



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